京都・三条大橋にゴール!
三条大橋が見えた瞬間!
あの橋で、自分の28日間の旅は終わる。
走って向かいたいような気もするが、同時にこの旅行が終わってしまうのがとても寂しく立ち止りたいような気も。
そして交差点を渡って三条大橋にたどり着く。
うっかり写真撮り忘れたんだけど、大学時代の後輩が、東側の橋のたもとで待っていてくれた。
感動の対面。
ラストウォークは紅葉の直線ルート
地下鉄東西線の蹴上駅あたりで道は左に曲がり、そこから京都三条大橋までは、直線ルート。
わずか20分前の風景が幻のように、きれいで洗練された都会風景になってしまった。夜の飲み会もあるので、途中にあった某所のトイレでシャツだけ着替えてすっきり!残り1.5kmくらいなので、三条大橋で出迎えてくれるといってくれた友人たちにいった「4時頃」にはどんぴしゃで間に合いそうだ。
京都市街が見えた!
ジャスト3時。
京都・三条大橋まであと1時間ほどということで、ちょっと緊張気味なコッコちゃん。
28日間ずっと続けてきた東海道53次ウォーク生活があと少しで終わる。そのことに何だか戸惑いすら感じる。
京都の手前でまた坂!
旧三条通りを歩きながら、もちょいで京都市街にでるのだろうと思っていたら、JR東海道本線の下をくぐったところで東海道は旧三条通りをはずれる。またしてもこんな細い道に。むむむ?
山科三条商店会のゆるキャラ「もてなす君」
商店の前につるされた、大きな顔が書かれた紫のビニール風船。他の商店にもつるされているので、どうやらこの商店街のキャラクターみたいだ。
名前も書かれていた。「もてなす君」。京野菜のひとつ「京山科なす」のキャラクターだそうだ。
遂に京都!山科追分
月心寺
逢坂の関
大津宿を過ぎ、あとは京都に向かってただただ歩くだけ!と思ったら、目の前にいきなり山が。
そうだ!京都は四方を山に囲まれた場所だった!!!
でもこの坂道もただの坂道ではない。和歌にも登場し、自分が百人一首で暗記した歌にも登場する「逢坂の関」の逢坂だ。ここなんだ~!
神社の中を線路が横たわる!?蝉丸神社下社
「ええっ~!?いいのこれ?ありなの!?」と度肝を抜かれてしまったのが、東海道沿いにある蝉丸神社下社。
琵琶の名手、蝉丸をまつって音曲芸能の神として信仰されている非常に古い神社とのことなんだけど、そんなことより、このあまりにあまりな風景に度肝を抜かれて、神社の名前も確認せず近づいて写真ばしばし撮ってしまっていた。
大津宿をてくてく
ずっと東海道を歩き続け、だいたい分岐点でも迷うことなく東海道沿いを歩けるようになっていたのに、この大津宿では、石場駅近くの二股のところでわからなくなり、「ここでいいのかなあ」と自信ないまま歩くことになってしまった。
結局、一本道間違えていたんだけどね。
木曽義仲と芭蕉の墓所がある「義仲寺(ぎちゅうじ)」
滋賀県立膳所(ぜぜ)高等学校
東海道とは関係ないんだけど、藤枝で飲んだ大学時代の先輩がここ出身ということで、興味あり、ちょっとだけ遠回りして立ち寄ってみた。
名門校とは思っていたけど、Wikipediaを見たらすごいことに!
和田神社
ここで高校時代を過ごした大学先輩が携帯宛てに送ってくれた情報を頼りに、東海道沿いの和田神社へ。
自分と同じ名前だからというのもあるけど、ここには、関ヶ原の戦いで敗れ京都に護送される途中の石田三成がつながれたというイチョウの木がある。
膳所公園
琵琶湖周辺を散策しながら歩く
瀬田唐橋から大津宿へは、琵琶湖の南西部をあがってゆく。
ただ東海道は琵琶湖岸より内側を通っているので、ちょっと道を外れ、琵琶湖を見ながら歩くことにした。
昔の東海道は琵琶湖沿いだったけど、湖岸埋め立てで内陸になってしまったとのこと。そういう意味では、琵琶湖沿いを歩いたほうが、本来の東海道を体験できるはずだ。
この橋を制する者が天下を制する~瀬田の唐橋
草津宿と大津宿の間にある「瀬田の唐橋」。ここはなんと壬申の乱(672年)には歴史に登場していて、大友皇子が大海人皇子軍に瀬田橋の戦いで敗れたんだとか。
その後も戦争のたびに何度も焼き落とされたそうで「瀬田橋を制する者は天下を制する」とも言われたのだとか。
京都まであと一歩という、都への関門だ。
クリーニング屋さんの前の一里塚跡
【宿泊】ニューびわこホテル/健康サマーランド(瀬田)
京都まであと20キロというところ、草津宿と大津宿の中間あたりにある瀬田で一泊した。
最寄駅は瀬田駅で無料送迎シャトルバスも走っている。
「ニューびわこホテル」といって、温泉施設に併設されたホテルだった。
くさつ街あかり・華あかり・夢あかり2009
草津宿本陣
東海道の中で唯一、本陣がそのままの形で残っているのが草津宿。一般公開もされていて、中に入ることができる。
東海道と中山道の分岐点にある道標
東海道と中山道。
この両方が通っているのが草津宿。その分岐点に道標が建てられている。
草津名物「うばがもち」!
お好み焼「千乃夢」でランチ
和中散本舗
石部宿てくてく
【宿泊】甲西アートホテル(甲西)
水口宿と草津宿の間にある甲西に一泊した。鈴鹿峠より西は、宿場間の距離が10km以上のところばかりで、宿場で泊まろうとすると一日の歩行距離がちょっと長くなってしまうためだ。
国道1号線沿いで、東海道からはちょっとはずれる。
たぬきのいる家
飛び出し注意の子供達
土山宿をでた後もどこか宿場っぽい街並みが続く
右の写真が何かというと、道路の表面。一般のアスファルトと違って、茶褐色の細かい石の粒がよく見える。
土山宿に入ったあたりからこの舗装になっていたんだけど、宿場エリアをでた後もずっとこの道が続く。
ふるさと創生資金で作った「平成万人灯」
街道&近江関連の資料もいっぱい!うかい屋
土山宿を歩く
実は勝手に「何もない」と思い込んでいた土山宿。
前に東海道を歩いた知人が「何もなく、畑のまんなかに本陣跡の・・・」というような話を聞いたと思い込んでいたんだけど、今考えると、歩いた方向が違うから、鈴鹿峠を降りたところにある宿場ということで、自分が「坂下」と「土山」の話を聞き間違えていたのかもしれない。