東海道53次ウォーク
自分の人生このままでいいの?そもそも何がやりたかったんだけ?歩きながら考えることにした。
藤沢
藤沢宿(ふじさわしゅく)は、東海道五十三次の宿場の一つ。
今の神奈川県藤沢市にあった。
東海道五十三次整備以前から遊行寺の門前町として栄えていた。後北条氏 後北条時代は小田原城と支城の江戸城、八王子城をつなぐ小田原街道の分岐点だった。遊行寺の東側に江戸側の見附があり、現在の小田急江ノ島線を越えた西側あたりに京都側の見附があった。この範囲が藤沢宿である。
藤沢御殿は徳川将軍家の宿泊施設であり、現在の藤沢公民館と藤沢市民病院の間にあった。天和2年(1682年)まで設置。
延享2年(1745年)までは堀内本陣、その後は蒔田本陣があった。
永勝寺には旅籠で働いていた飯盛女を供養した墓が残されている。
(by SimpleAPI:WikipediaAPI)
雨の中一緒に歩いてくれた三人とお別れ

藤沢から茅ヶ崎まで、雨の中一緒に歩いてくれたaiko*さん、minaさん、wackyさんと記念ショット(このくらいの大きさなら、目線なしでも大丈夫ですよね?)
ほんと楽しかったです。
ありがとうございました!

そして自分は一路、平塚へ!
開店30周年記念を迎える江戸前「松寿し」
食べ盛りの(?)女3人。藤沢本町駅あたりでランチしようとお店探ししたものの適当なところが見つからず入ったのが、「松寿し」。
おすし屋さんなんだけど、ランチメニューとしていろいろお手ごろな丼物などがあったので。
湘南庵クッキーの自動販売機がずらり!
街道沿い、藤沢本町駅の少し手前辺りの交差点の角に、自動販売機がずらり並んでいる場所があった。
最初、パンとかカップめんとかの自動販売機かなと思って近づいてみたら、なんとすべてクッキーの自動販売機。
「ここまで並べなくても・・・」
妙善寺~飯盛女の墓
宿場で働いていた飯盛女四十数人の墓があるということで、妙善寺に足を伸ばした。
通常、宿場の飯盛女はそんなお墓をしっかり作ってもらえるような好待遇ではなかったようなのだが(投げ込み塚みたいなのもある)、ここでは旅籠屋の小松屋源蔵が墓を立ててくれたとのこと。
「ただの旅籠屋の親父なのに歴史に名を残した」とminaさん。
今は子供の遊び場?~源義経の首洗い井戸
関東各地いたるところに、平将門と源義経の「首伝説地」があったりするが、ここは源義経。
海に打ち捨てられた首が、川をのぼってここにたどりついたという伝説だ。
場所は東海道の細いわき道を入ったところ。
たしか手前に交番があったと思う。
藤沢宿の本陣跡探し
時代感じさせる建物や土蔵が点在する藤沢宿。といってもそれほど宿場町の面影がある感じでもなく、なぜか本陣跡が見つからず、うろうろしてしまった。
遊行寺橋

朱塗りの遊行橋。

細い川は境川。
日本三大広小路
ふたりが見ているのは、遊行寺少し先にあった、藤沢宿全体のマップと、「広小路」に関する解説が書かれたボード。
広小路というと、自分は「上野広小路」しか思いつかないんだけど、各地にあるようだ。
遊行寺で友人2人と合流!
日本観光百選にもなっているという、時宗総本山「遊行寺」。
敷地も広く、入らなかったけど中には宝物館などもある。
遊行寺坂をぐんぐん下る
合流予定だったaiko*さんから「藤沢駅につきました」というメールをもらった時、自分は藤沢中心地まであと一歩というところの坂を下っていた。
藤沢の「並木茶屋」という名前のレストラン

藤沢に入り、中心部までもあと少しかなというあたりで見つけた「並木茶屋」という大きな看板のお店。
駐車場もかなりの広さなので大きなお店があるのかなと興味を持ち入っていったら、わりとこじんまりした感じの入り口(中はすごい広いのかもしれないけど)
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