東海道53次ってそもそも何?

2009年9月13日 19:33│C│TB

「東海道」というと「新幹線」「東海道自動車道」と答える人も多いかと思いますが、古くから栄えた、日本の東西の中心地を結ぶ幹線道路であり、同時にその東海道が走るエリア(行政区分)を指す言葉です。


日本橋を起点とする五街道(東海道・中山道・甲州街道・奥州街道・日光街道)の整備に着手したのは、徳川家康で1601年のこと。「一里塚」「宿場」などが作られていき、東海道に設置された53か所の宿場が「東海道53次」です。

「次」は、「伝馬制」という交通制度から来ています。
街道・宿場は、中央と地方、地方と地方を結ぶ交通・通信のネットワークとして機能していたのですが、公用の書状を運ぶ使者などは長距離を最短時間でつなぐため、宿場で「伝馬」を乗り継いで目的地に向かったそうです。それが「次」。日本各地に残る「小伝馬町」「大伝馬町」の地名も、そこに伝馬所があったためです。

今は、別に馬を乗り継いで遠距離を移動することはありませんが、
車社会の中、ガソリンスタンドや運転手の休憩が必要で、高速道路や幹線道路には、サービスエリアや「道の駅」などが設置されています。

現代版の「宿場」なのかもしれませんね。


東海道53次と文化

徳川幕府により国内の統一が図られ、太平の世となった江戸時代。
商人を中心に、多くの人たちが街道を旅したそうです。

旅人達の姿も多く書き込まれた「東海道五十三次絵」を描いたのは歌川広重。
昔、永谷園のお茶漬けを買うと、その浮世絵のカードが1枚ずつ入っていた記憶のある人も多いでしょう。

宿場によっては、実際の街中の風景に、歌川広重が描いた江戸時代の街並みや自然が残っている場所もあるようです。

十返舎一九の「東海道中膝栗毛」も有名です。
こちらは「滑稽本」といわれるジャンルの文学作品で、弥次さんこと弥次郎兵衛と喜多さんこと喜多八の2人が、いろいろトラブルやハプニングにも出会い、騒動を起こしながら東海道を旅する珍道中の物語です。

今でも、映画やコミックなどの題材として「弥次さん&喜多さんコンビ」は人気です。

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