興津


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興津宿
『興津』より : 興津(おきつ)は、静岡県静岡市清水区の地名。 興津という地名は、興津宗像神社祭神の1柱・興津島姫命(おきつしまひめのみこと)がこの地に住居を定めたことからといわれている。また、平安末期から興津氏が居住していたのでその名を地名にしたとの説もある。古代での呼び名は奥津 (おくつ) 、息津(おきつ)、沖津 (おきつ) ともいわれている。現在、興津と呼ばれる区域は1961年に当時の清水市と合併した旧興津町と重なる。 風光明媚で知られた清見潟は、古代、清見関(きよみがせき)と息津(おきつ)駅が置かれた。この場合の息津は現在の興津と異なり、西寄りの横砂あたりではないかと言われている。江戸時代には興津宿として東海道五十三次の17番目の宿場町として発展し、明治以降は鉄道が開通したことにより、西園寺公望などの元勲の別荘が建ち、避寒地として全国的にも知られていた。現在、清見潟の海岸寄りは埋め立てられ、清水港の興津埠頭となっている。 古代680年頃-東北の蝦夷に備えてこの地に関所が設けられ、清見関と呼ばれた。 (by SimpleAPI:WikipediaAPI)

復元された西園寺公の別荘「坐漁荘」

2009年10月12日 (月)││TB(0)

西園寺公望公の別荘「坐漁荘」。実物は明治村に移転されているが、その後ここに復元された二代目が公開されていて、中に入ることができるようになっている。

なかにはお休み処もあるので、
ひとやすみするのに立ち寄ってもいい。


清見寺

2009年10月12日 (月)││TB(0)

奈良時代に立てられた清見寺。徳川家康が少年時代にここにきて勉強したゆかりの寺でもあるとのこと。


宮様まんじゅう

2009年10月12日 (月)││TB(0)

宿場には、江戸時代の旅人が楽しみにしていた名物和菓子が結構ある。ここの「宮様まんじゅう」はもう少し新しい時代のものみたいで、宮様が訪れたときにおだししたら気に入ってもらえ、その後天皇陛下が立ち寄られたときにもお出ししたと書かれていた。


興津宿を歩く

2009年10月12日 (月)│C(1)│TB(0)

興津宿は、JR興津駅の少し先から始まるようなんだけど、とくに宿場の名残などは残っていないようだ。蒲原・由比宿の後に訪れたので特にそう感じてしまったのかもしれないけど。


女体の森!?宗像神社

2009年10月12日 (月)│C(1)│TB(0)

薩捶峠から興津駅に行く途中にある神社。
ガイドブックには「沖に漁に出た人たちから母なる森として親しまれていた」と書かれているんだけど、入り口には「女体の森」とある。

ニョタイモリ?


【宿泊】クア・アンド・ホテル駿河健康ランド(興津)

2009年10月11日 (日)│C(1)│TB(0)

薩捶峠から降りてくる途中に電話したところ、ホテルは満室、健康ランドの仮眠室も3連休の中日で混み合ってますといわれた駿河健康ランド。

なんと薩捶峠から降りてきたらすぐ目の前にあった。